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Quadra Eva

エヴァQ信者

今更エヴァ新劇のテーマを全部繋げてみた

 

 キーワードを介して繋がってきた気がする。

 そのキーワードは自由意志と罪。

 自由意志はエヴァの話題では聞きなれない単語だが、実は深く関係している。

 

 まず旧はネルフ(nerv=神経)とゼーレ(seele=魂)

 神経は脳とすれば物質、魂はそのまま魂なので、心身二元論だった。下手すると古臭い考え方だが、魂のSF的な理屈はなんとでもなる。

 

 そして新劇ではそこにヴィレ(wille=意志)が加わった。意志という言葉は劇中でも何度か出てくるので、意識されていることは間違いない。というか名前を作者がつけるとき意味を考えずにつけるはずがない。

 意志は自由意志(free will)にまで意味を敷衍することもできる。また、意志は劇中の異なる文脈で情報と呼ばれたことが二回ある。

 

 Qでゼーレが退場し、魂の存在は否定された。カヲルは、魂が消えて情報が残ると言った(これには特定キャラの魂を指してもいるが)。もはや世界には、ネルフ=物質と、ヴィレ=情報しかないのだ。ループという決定論に自由意志は勝てるのか。その二つの対決の構図になっている。

 

 ここで、「いくら表面的なキーワードが揃ったからと言って、エヴァの物語全体としては決定論vs自由意志なんてテーマを持っていない」と思われるかもしれない。

 しかし、自由意志や決定論の議論と罪とは深い関係にある。罪=sin=シンは次回作の題名になるほどのメインテーマだ。Qで宣告されたシンジの罪は、自由意志の問題と切り離せない。キリスト教的にも、神がアダムに原罪を与えるということは、自由意志を認めたことになるという説がある。自由意志と罪は表裏一体だ。

 これらは、意志の名を冠した組織で、罪を宣告され、次回作がsinという状況を見た時点で気付くべきだったのだ。いつまでも旧のように、ヲタ批判だとかにモチーフを探すべきでは無かった。(庵野も今回のテーマはヲタ批判を全面には出さないと言っている)

 

 また、決定論的な死海文書の予言を持つゼーレ、人の行動を予測するのが癖のゲンドウは、決定論の化身のような存在だ。彼らを罰と自由意志を重んじるであろうヴィレが倒せるのか。(デネットのような、決定論があるからこそ自由意志が成立するという考え方もあるが)

 ループ自体も決定論的だ。何度やっても同じ悲劇を繰り返してしまう。ループから脱却するのが目的になるだろう。

 

 と考えてきたが、作者はこんなことは全く考えていないかもしれない。ただ、経路は違っても結果が同じなら、同じ方式を取っていけば似たようなものを作れてしまうかもしれない。

 それに、少ない情報量しか無いように見える映像作品でも、作家は意外と大量のテクストを用意しているものだ。ANIMAはそういうものをやろうと思えば用意できるというアピールだったように思う。またこれらが全ておそらく衒学であることは否定しない。衒学とSFの違いは問題としない。