読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Quadra Eva

エヴァQ信者

【新劇場版】(not)と反復記号の謎への解答

●楽譜として見るヱヴァのタイトル

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||

この最後の記号については議論が分かれるところですが、ブックレットでの表記を見る限り反復記号と確定していいように思います。序破Qははっきりと「:」コロンが全角で表記されていましたが、ブックレットの:||の左部分は、明らかに全角コロンではなく、半角コロンですらありません。そもそも反復記号はフォントが存在しないので、ブックレットでは画像としての反復記号を貼り付けてあるようです。

 

エヴァンゲリオンのタイトルを楽譜に当てはめた場合、(not)の意味もわかってきます。反復記号のある曲では、括弧内の内容を2回目以降に弾くそうです。

 

サブタイトルの(not)の意味については諸説ありました。

その中で私が最も有力視していたのは

・アイキャッチの瞬間に出るので、前半はnot無し、後半はnot有りになっている。

というものです。ただこれだと、反復記号との関連性までは説明できません。

 

ちなみに、基本事項として、私は新劇場版全ての話を(not)ありの意味で捉えるべきだと思っています。

・you are (not) alone あなたは一人じゃない

・you can (not) advance あなたは成長できない

・you can (not) redo あなたはやり直しできない

 

今回私が言いたい要点は、反復記号を踏まえて楽譜としてタイトルをみた場合、(not)は繰り返しの中での2週目に演奏される部分でなければならないということです。

そして、新劇場版は(not)ありの曲=世界だと言うことを加味するなら、必然的に、(not)が無かった一度目の世界、楽譜では一番に当たる演奏があるということになります。

それが紛れもなく、旧作品であることになります。

 

下記のように、旧作は(not)無しの歴史であると言えます。

・you are alone あなたは一人

ネルフ職員のリリスを守って自爆する覚悟を知らされず一人で戦ったラミエル戦。

・you can advance あなたは成長できる

加持に諭されて人類のために戦ったゼルエル戦(破では、マリに逃げろと言われたにも関わらず自分のために戦います。)

・you can redo あなたはやり直せる

カヲルの死後から時間経過はありますが、補完計画は事実上のやり直しであったと取ることができます。

 

時系列ではこういうことになります。

you are alone→you can advance→you can redo→不明(EOE)→反復記号に則って最初に戻る→you are not alone→you can not advance→you can not redo→不明(シン劇場版)→反復の終了

一番と二番の歌詞が違う曲を歌っていると考えてもらうとわかりやすいです。

 

●シンエヴァの副題予想

また、EOEのアイキャッチの副題が"I need you."だったことを考えると、シン劇場版の副題の予想も容易になります。(not)をつければいいだけです。

"I need you (not)."

私はずばりこれがシンエヴァの副題だと信じて疑いません。(not)の位置おかしいじゃねえか?と思われるかもしれませんが、古英語や詩などでは珍しい文法ではなく、ぐぐれば似た例も見つかります。Forget me not.で、忘れないで(勿忘草)になるように。I do (not) need you.では語呂が悪いですし、そもそも上記のようにエヴァの副題はどうやら、歌の歌詞のようなのです。

参考

「forget me not」の意味と語源

http://www.eigowithluke.com/2012/03/forget-me-not/

 

これで、I need you に(not)をつける際の語呂の悪さは解消されました。

次は意味ですが、シンエヴァの副題をI need you not.にした場合、最終作にしては一見、後ろ向きな響きですね。「私はあなたを必要としない。」ですが、見方を変えれば母や父からの自立にはぴったりな言葉です。親離れできないシンジと子離れできないユイ(初号機)の関係はこの言葉で終止符を打たれるのかも知れません。また、エヴァはナウシカ等のような創造主と非創造物である人類の物語でもあります。神殺しをするゲンドウはまさに、我々に神は必要ないと宣言しているわけで、漫画版ナウシカが自分たちの創造主を葬って、新人類の世界を作ろうとした構図にも当てはめることができます。

 

新劇場版の副題のyouを人類と捉えると、

「人類はもはや孤独ではない。」

「人類はこれ以上(非人工的には)進化=advanceできない。」

「人類は核戦争のような歴史をこれ以上繰り返せない。(能力でなく義務を表すようなcan)」

これはほとんど、「幼年期の終わり」に出てきた描写そのままのようです。ただ、高度な知性体の言うがままにされるのはハッピーエンド的ではありません。人類が神のような始祖民族等から自立するのが望ましいと思われます。

 

余談 (not)の意味の別解釈

(not)は二周目の演奏であるというのが前述した説ですが、それでは旧作も含めないと成り立たない解釈になります。しかし新劇場版単体で考えるなら、視聴者としての「二週目」を考慮するべきだと思います。一度観ただけでは(not)無しに見えるけど、二回目観ると全く印象が変わって(not)有りに見える。副題はそういった新劇特有の二重構造について言っているのかもしれません。そもそも副題は作品外ソースなので、それくらいメタ的であってもおかしくはないですね。